登っても走っても変われない

山登りやランニングの趣味を書き留めておき、老後、思い出に浸る為の備忘録

第8回小江戸大江戸200K ③ 大江戸パート編

小江戸大江戸200K 大江戸編  2018/03/03-04

大江戸パート前半

 着替えたり、トイレに行っている間に時間が経って、大江戸コースに向けて出発したのは20時40分頃だった。ちょうどその頃出発したのは私だけだったので、地理感無い私にとっては国道254に出るまでが大変だった。スマホGPSのトラッキングデータを入れておいてので、それを見ながらゆっくり進む。何とか国道254に出ることが出来た。ここからしばらく道なりだ。ただ、GPS腕時計のSF-710が調子悪くなってしまい衛星を補足しなくなってしまった。なので何キロ走ったかわからない状況になってしまった。また、国道の歩道は狭く荒れていて、とても走りにくい。

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英(はなぶさ)私設エイド付近
 国道463号と交差する英(はなぶさ)ICの私設エイドで飲み物を頂いた。私設エイドの方と少しでもお話をすると少し元気が出てくるから不思議だ。
しかし、自衛隊朝霞駐屯地の手前の登り坂で、背中に強烈な疲労感が襲ってきた。急にフラフラになって走るどころか歩くのも苦しくなってしまった。信号待ちは手すりにつかまりストレッチをするが、本当は手すりに掴まらないと立っていられないからストレッチしている、が正しい。とうとう地獄が始まったようだ。ここからは、歩いたり走ったりを繰り返すことになる。駐屯地前あたりから大江戸ナイトランのトップランナーに抜かされ始めた。この区間は長い、ひたすら長い。ようやく山手通りに出た。歩道も広くなり走りやすくなる。しかし私は死んだまま。歩いたり走ったりを繰り返す。その横を元気な大江戸ナイトランのランナーが抜いていく。要町あたりからは試走している区間になるが、東中野駅までこんなに長かったのかと思うほど身体が前に進まない。

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成願寺エイド(128.0km地点)2:20頃到着

ようやくエイドに着いた。ここで鹿カレーをご馳走になった。とても美味しい。でも、ゆっくりと良く咀嚼して食べる。もはや早食い出来るほど元気がないからだ。
仕方なく、そうエイドで座っていてもゴールは近づかないので出発する。都庁の表札石を撮影して、また走ったり歩いたりを繰り返す。代々木公園手前の坂。試走の時も「本番では走れないだろうな?」と思っていたが、その通り全くもって走れない。フラフラと歩いて登る。神宮前交差点から表参道交差点までのゆる~い登りさえ走れず歩くのがやっとである。たまたま顔を上げると綺麗な東京タワーが見えた。

 

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登りも終わり平坦になり走り始めると、身体の中が熱くなってじわっと汗が出てくる。すると不思議なことに今まで重かった身体が随分軽くなったように感じる。これが復活したという感じなのか!?西麻布交差点からハイアットまでの急坂さえ走れてしまう。鹿カレーがエネルギーに変換されているのかな?と思いながら走っていると、日比谷公園あたりで急に背中が重くなり走れなくなった。復活時間が終了したようだ。それと同時に強烈な眠気が襲ってくる。
ふらふらの状態でこあしすエイド(144.1km地点)に到着。写真を撮るのも忘れているほど疲労困憊していたみたいだ。
こあしすエイドを出て走ったり歩いたりをしていると夜が明けてきた。暗いうちは疲労感+眠気のダブルパンチでフラフラだったが、明るくなってくると眠気だけはおさまってくる。

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おしなりエイド(156.1km地点)7:20頃到着。

大江戸パート後半

 おしなりエイドでちっちゃなおにぎりと味噌汁を食べてホッとしたのを覚えている。ここを出発するとき、次のエイドまで22kmほどあるから長いな~と感じたのがひとつ。それともう一つの不安があった。それは右膝の腸脛靭帯が痛み始めたということだった。5年程前に腸脛靭帯を痛めて以来、痛くなることはなかったが、アスファルトを150km以上走るのに対応できる膝(足)を持っていなかったようだ(私の参加するのは、足に優しいトレラン大会が大半)。ただ腸脛靭帯を痛めて走る辛さは身に染みてわかっているので、痛めて以来30km以上のトレラン大会ではテーピングは欠かさないし、50kmを超える大会では、ZAMSTのRK-1を持参していた(経験上、唯一痛みが軽減されるサポーターだと思っている)。そしてもちろん今回も持参していた。…………しかしなんと川越に置いてきてしまった。アフォだ!小江戸パートを終えてから、50分も川越でゆっくり準備していたのに何をやっているんだろう。ホント情けない。痛みが酷い場合は最後の切り札しかなくなった。
駒込駅を過ぎるころには、疲労感に右膝の痛みが加わり更に歩みが遅くなる。山道のように激下りが無くてよかった。あったなら激痛で涙していただろう。ついに王子の駅を過ぎた所で最後の切り札を切ることにする。痛みを薬で抑えるべくロキソニン投入だ。赤羽駅先の階段を登って少ししたところで痛みが軽くなってきた。薬が効いてきたようだ。

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高島平エイド(178.4km地点)11:30分ちょっと手前に到着。
 高島平エイドを出る時にまたひとつ不安があった。基本的に私の場合、水分は経口補水液で補充しているが、このエイドに到着するちょっと手前で経口補水液パウダーが切れたのだ!

  ↓私が愛用しているもの↓ とても美味しいのです!

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でもその時は、まあ残り少しだから大丈夫かとコンビニで買ったのがこれ。
(途中の薬局で大塚OS-1を買うという選択肢もあったのに…)

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普段は大好きでとても美味しいのですが、この疲労した身体で飲むと、
「うぇっ、重い!おえ~_| ̄|○、;」濃すぎて身体が受けつけない感じ。
土手に登る手前の自動販売機で南アルプスの天然水を購入して1/2に希釈する。それでも重い!でも随分マシにはなった。しょうがないので我慢する。秋ヶ瀬エイドまでは、8kmほど荒川河川敷の土手コースをいく。それも気温も20度を超えたという炎天下の中を行くことになった。そしてフラフフラになってまた死んだ。南アルプスの天然水の残りをかぶりながら、必死に走るというよりは歩く時間がはるかに長い。そして何とか秋ヶ瀬エイド(189.9km地点)に13:15頃到着した。

 秋ヶ瀬エイドではそうめんを食べる。最高に美味しい。190km走ってきても、まだ食べられるというのはとてもうれしいことだ。
意を決して、秋ヶ瀬エイドを出る。もう残りを歩き通しても完走は間違いないだろう。ここでようやく完走できるイメージが湧いた。
次に頭に浮かんだのは32時間は切れるのだろうか?ということであった。32時間切ると来年230kmにエントリー出来る資格が得られるのだが、もちろん、99パーセント230kmなんて走るはずがない。ただ、資格がある状態にすることに引かれた。残り2時間20分で約15km。食べた割には身体は重くてとても走られない。右膝の痛みもやわらいではいるがハッキリとある。厳しそうだ。
国道254バイパスの暑い中を走ったり、歩いたり。歩く時間の方が断然長い。時たま向こうから黒い数字のゼッケンを付けた230kmランナーがやってくる。おおお!かっこいい!川越まで行ってまた折り返してくる強靭な精神力、これぞ超ウルトラランナーだ。
すれ違う230kmランナーを応援していると、すっと突然身体が軽くなる。そうめんがエネルギーに変わっているのか?これは復活だ!膝の痛みがあるのでずっと走り続けるのは苦しいが、走って、歩いての繰り返しにスピードが出てくる。遠くのランナーに目標を定めてじわりじわりと距離を詰めて抜く。これを繰り返す。そしてついに国道16号と交わる地点来た。長い信号待ちをしていると他のランナーが集まる。「残り1kmちょっとですよ、やっと終わりますね」そんな会話をお互いに交す。信号が青になり皆元気に走り出す。私はというと復活タイムが終わったようで足が前に動かない。フラフラしながら懸命に歩を進める。ここでわかったのは、私の復活タイムは総じて短いという点だ。地理感ないのでゴール近くに来てもゴールが何処だかわからない始末。死んだ顔の覇気のないランナーにはボランティアの誘導員も気づかないのだ。最後はウロウロしましたが………
ついにゴール!15時30分頃。
フラフラで写真も撮るのを忘れていた。今回の私の大人の遠足はようやく終わった。